“It is through the alignment of the body that I discovered the alignment of my mind, self, and intelligence.”
B.K.S. Iyengar
アイアンガーヨガを少し経験した人は、大切なことは完璧なポーズを取る事と思うかもしれませんが、それは表面的な印象からの判断に過ぎません。
アイアンガーヨガの深い理解には、熟考と微妙な感覚を磨く必要があります。少々アイアンガーヨガのスタジオやワークショップに参加してポーズができたからといって、それがアイアンガーヨガのすべてだと思い込むのは誤りです。
私自身、日々新たな発見があります(笑)
完璧とか厳格とか言うかもしれません。なぜそのように思うのでしょうか?
例えば箸の持ち方も分からずに、様々な細かくされている素材の中から一欠片取り味を観察するのは難しいと思います。
箸を持てるようなってから細かい素材を取れるようになるように、ポーズも土台となる学びが必要です。
もちろん簡単に箸を持つことが出来るかもしれませんし、豆乳ヨーグルトに添えられていた餡が小豆ではなく、金時豆とすぐに気が付くかもしれません。これは金時です(笑)
ただし主題は箸を持つことではありません。
ヨガ哲学では、身体は外側(Annamaya Kosa)だけではなく、内面も含めて捉えるべきだとされています。そのため土台になる部分を堅固にしていき目的に向けてえ進む過程で自己を観察する知恵を得ていくのです。
戸建住宅やマンションもですが土台になる基礎はその住宅に合わせ様々な形で作られます。それは絶対に壊れないものでしょうか?
完璧ではなくとも現時点における安全基準をクリアするために、緻密に計算され施工されて堅固な土台を作ります。
ポーズにおいても今できることを行い感じることが大切で、盲目にポーズをこなすのではありません。
完璧とは何か?「壁をまっとうする。」が由来で藺相如が壁を持ち帰った話になるのですが(笑)壁をまっとうするとは欠損が無い例えです。翡翠で作られていたそうなので、製作された頃の状態は保ててないでしょう。
好きな話なので。。。。完璧の話から史記を読みたくなりました?!
話が逸れました。
建物の形が様々あるように僕らも同じ形をしていません。同様の建築物はありますが、例えなので。
自身に必要な土台(機能形態)を作り、目的(Arthavattva)に向けて徐々に築き上げていくのです。指導者が土台作りの手伝いは少々出来ても、その先はそれを参考にして自分の目的に向けて一人親方がコツコツと上物を作っていくようなものです。
途中経過であっも今日のMaximamは明日のMinimamになるようにして少しずつ築き上げる過程が大切です。
外側の身体(Annamaya Kosa)だけに完璧を求めるのはエゴイスティックな行為であり、ヨガ的にはKlesha(無知)の一つです。
ネットニュースに「完璧なボディ」とか書かれることもありますが、違う言い方をした方が良いでしょうか(笑)
アイアンガーヨガに理解が無い人から見れば「ポーズを完璧にする」に執着しているように見えるのかもしれませんが、アイアンガーヨガを実践している人は、それは一部分であり真の目的ではないことを理解しています。
アイアンガーヨガは厳しいやストイックなどの言われ方をしますが、段階を踏んで理解するためにも礎になる土台作りを丁寧にしているのです。
現世においては完全に建築できないかもしれません。場合によっては屋根無しなんてことも??その過程での探求がヨガ道でしょうか。
僕は屋根くらいある所で休みたいですが(笑)
基本的なヨガ単語を少し記載しましたが、話はレッスン中にしています。
忘れた人は僕を杖の様に扱うことなく、ご自身で歩いて思い出してください。
それこそ将来的に自身の杖になってきます。